高辻
場所 :京都市左京区高辻通御幸町西入
日時 :              2021/10/29
モデル:                向井 葵
東大阪にあったスタジオ光画社の共同代表の1人が京都市内で開いた「幻灯舎 洛央スタジオ」
着物が得意なモデルさんに慣れない衣装で挑んでもらいました。
題して [ 失意のダンサー ]
ラテンダンスを念頭に、衣装・靴・ウイッグ・化粧など準備してもらいました。
BGM 高橋真理子/紗
   

地名四方山話                               
「高辻通り」は「仏光寺通り」の1筋南側。
[四綾仏高松万五条]数え歌に出てきます。
じゃあ高辻って何? と聞かれると困るんです。
高辻通りを西に堀川通辺りは標高が高い
のが高辻の由来だとネットにあります。
私の興味は公家「高辻」の由来なのですが。
菅原氏に繋がる高辻家も歌や文筆の家系で
私の趣味のひとつ、「大阪市内の地蔵堂地図」から派生して
大阪天満宮の神主一族の墓地にたどりつき
江戸初期の公家東坊城長維の次男が高辻豊長の養子と
なってから天満宮神主滋岡至長になったのが
明暦4年(1658)のこと。
江戸幕府は全国の神社・仏閣も体制に組み込み
そこにうまく入り込んだのが吉田神社でした。
利権をめぐって、神社・公家・天皇・吉田神社・幕府などが
泥仕合を繰り返す歴史が始まるのです。
高辻家の収入は200石、そりゃあ天満宮からの付け届けは
ありがたいに決まってます。
   天満宮の社家
公家高辻の屋敷は高辻通りとは無関係で
御所の東南の御所東小学校のあたりだそうです。
御所の東側と北側は公家屋敷の密集地帯です。

東坊城家の菩提寺は西陣の浄福寺ですが、高辻家の菩提寺がどこか調べていません。
高辻大納言長維の墓が浄福寺にあることを確認しているので
多分ここでしょうね。