202.バリ島の織物エンデッEndek
ウンダッ が正しい
バリ好きの方は「バティッ(ク)Batik」「イカッ(ト)Ikat」「ソンケッ(ト)Songket」をご存知でしょう。「グリンシンGringsingもあるぞ」と言う方はバリにドップリはまり込んでいます。ご愁傷様です。
エンデッEndekは絞り染めした糸を織って模様を出すのでイカッの1種ですが、グリンシンと同じくあまり知られていません。
バティッ ろうけつ染めした布
イカッ 絞り染めした糸で織った布
(エンデッ・ソンケッ・グリンシンはイカッの種類です)
カランガセムの宿を探していて、偶然にEndekを紹介しているページを見つけました。
(一体イカッとエンデッの違いは何なのか?いまだによくワカンナイ)
バティッ イカッ
●● シデメンにある宿Lihat Sawah のHPより紹介します。●●
エンデッEndekの紹介
テキスタイルtextile という言葉は元々は繊維を織って作った布を意味します。今日ではいろいろな方法(織る・編む・フェルト・絞り染めなど)によって作られた布を指すようになりました。イカッikatとは「束ねる」という意味の言葉で、布を飾る技術の1つです。繊維は織る前に束ねられ絞られた部分以外が染まるわけです。
イカッは3種類に分けることができます。
縦糸イカッ 機に固定する縦糸を染める方法です。
横糸イカッ 縦糸には模様はなく横糸に模様染めをします。エンデッはこれです。
両方向イカッ グリンシンがこれです
織物Endekは、世界の多くの地域で見られるように、それを着る場面に意味があります。特別な布は祭礼(悲しい場合・喜ばしい場合)に用いられ、共同体の一員あるいは地位を表すことがあります。インドネシアの人々、特にバリの人々にとってはこれらのイカッは重要な祭礼においてとりわけ大きな意味を持ちます。ある種の布が宗教的意味をもつ場面があります。死亡・誕生・切歯・結婚・田植えなどです。
インドネシア人はこの世界を男女の人間だけでなくいろいろな物も含めた一体として考えます。太陽と天国は男性で、月と大地は女性なのです。布と武器を組み合わせて用いる時、布は女性を表す要素であり、武器は男性を代表します(たいてい武器は槍や短剣あるいは長い棒)。組み合わさった全体は宇宙のシンボルとなります。fags と旗をかかげることは単なる祭り飾りである場合と、特別な出来事の喜びを表し、この世界を本当に理解している象徴でもあります。
布に象徴的意味があると考えるのは、ジャワ島・バリ島のヒンドゥで近年の文化に影響を受けていない人々です。これらの地域ではある種の布は特別なものと今も考えられており、絞り染めでつくられた特別な更紗模様の布は魔力を持つといわれます。
(注:ジャワ島東端にもヒンドゥがいることは余り知られていません。NHKで見たような記憶が...)
エンデッEndek とバティッBatik
バティッはろうけつ染め技法でジャワでは1000年の歴史があります。ロウを塗ってから布を染色槽につけるとロウのついていない部分が染まります。
(注:バリでのバティッがいつごろ始まったかは紹介されていません。バリで使うロウがジャワ産であることを考えるとかなり後からではないかと思います)
伝統的なバティッは次の手順で作られます。
①布(普通は綿布)は数回洗い、糊を落とします。
②布を叩き柔らかくします。
③布にロウで下書きします(手書きの場合やスタンプの場合も)
④布を染めてから乾燥します。
⑤ロウを掻き落としたり煮沸して取り除きます。
⑥ロウ付けと染めは各色が出来上がるまで繰り返します。
バティッには種類があまりに多く、すべてを知ることは無理です。布材料は多様で、綿・絹・合成繊維・羊毛もあります。 染色も手書きやプリント、スタンプなどいろいろあります。産地を見分けたり染色家を見分けるにはやはり専門家の目が必要です。同様のことは、バリの伝統的布、ソンケッsongket グリンシンgerinsing エンデッendek バティッ・バリBatik Bali についても言えます。
エンデッEndekはバリ産の横糸染めイカッikatでできた布のことです。
①織機に結んだ横糸に型紙から模様を写し取ります。
②模様にあわせてプラスチックテープで糸を縛り
③テープで縛ったまま縦糸を織機から外し染色します。
④多色染めではこれを繰り返します。
⑤模様のない縦糸を織機に結びます。
⑥絞り染めした横糸を織りこんで最終のパターンが現れるのです。
(グリンシンや日本の絣は両方向の糸を絞り染めするので模様合わせが難しいのです)
言葉では説明がよくわからないので、縦糸イカッの染め方の写真があったので、参考までに。
模様にあわせてプラスチックテープで糸を縛り(薄茶色が縛った部分)
テープで縛ったまま縦糸を織機から外し染色します。
多色染めではこれを繰り返します。
(テープを外すと青の模様が現れ、さらに絞り染めで赤を重ねると右のようになります)
歴史
昔はエンデッendekは王族のような特権階級や貴族が作り、着用するものでしたが、民主化により地位や階級を衣服で示すことはなくなりました。(道を歩く普通のオジサンが意外や王族だったりします)
今日ではバリのエンデッは観光客への販売や海外へ輸出されるようにもなりました。布のデザインは、伝統的なものが残る一方、しばしばバリ人と外国人との協同で行われます。しかしながら、バリ人の生活や宗教だけでなくエンデッの模様も保守的で、外国人が歩み寄る必要があります。
バリ人のエンデッはジャワ人のバティッと同様に、歴史と観光と産業が織り成す文化なのです。しかし、かつて(前世紀)のバリでは染色は汚れ作業で尊敬されないものとしてスードラ階級の職業でした。今日のバリ人は変わり、4つのカーストCaturwangsa ( ブラフマナBrahmana, クサトリアKsatria, ワイシャWaisya, スードラSudra)はもはや単なる社会的相互作用のルールでしかありません。現代の生活ではこのような社会的階層はなくなり、プロフェッショナリズムに基づいた別の何かに変わろうとしています。 ここでいうプロフェッション(職業)とはインドネシア人としてのアイデンティティを維持するだけ以上の意味があります。
(注:これは少々キレイゴトではないか、希望を述べているだけでは?と思います。カーストをまたぐ結婚には乗り越えるべき問題があると聞きます。カーストの問題ではないですが、村あるいはバンジャールどうしの抗争はしょっちゅう耳にします。あるいは、村を越えての結婚では生涯にわたってどちらの村に帰属するかの問題がおこります。多分、カーストの重要性が薄れ、帰属アイデンティティの代わりを村が担っているのでしょう。)
1930年代にはエンデッの製造と使用は宮廷から離れ、多くの村に広まりました。織り手は簡単なエンデッを作るようになったのです。
1945年インドネシア独立後、爆発的に発展しました。1950年代に最初の大きな工場がギャニャールにでき、重要な産業となりました。1970年代になると大小の工場がバリ中に建つようになりました。東バリではシデメン村Sidemen、北バリではシンガラジャSingaraja、西バリではヌガラNegaraなどです。 1989から1990には160社で1万人以上が働いています。1990年代には生産量は減少したのですが、品質は向上しています。
近代化によって技術改良だけでなく、効率的な織り方・簡単な結束方法・合成染料の使用などが行われるようになりました。
シデメンのエンデッについて
1970年以前はシデメンにはあまり訪れる人はいなかったとエンデッ製造者は言います。村が遠隔地であるだけでなく、訪問者に見せるユニークな製品が少なかったからです。1970年代からシデメン村でエンデッの製造が始まると状況は全く変わりました。外国人を含む訪問者は波のように次々と訪れ、エンデッを買い求めるようになり、村は豊かになりました。
村人どうしの競争は激しくなりましたが、それでも多くに訪問者がやってきたのです。バリ人はサロンsarongやカンブンkambenのためにエンデッを買い求め、外国人はシャツやドレスとして求めました。
バリ人が着るエンデッの衣服は:
頭につける destar(男性用), tengkuluk/gelungan(女性用)
上半身につける kampuh(男性用),senteng/stagen/lamak(女性用)
下半身につける wastra(男性用), wastra istri/ sinjang/tapih(女性用)
バリ人が自分自身の文化の中で住み、文化を自身の生活で実践する限り、エンデッの役割はこれまでと同様に重要なものなのです。
サロンSarung/カンブンサロンkamben sarungは下半身を巻くもので、鞘とか筒の意味です。1枚のサロンは1.25m幅で2m長さがあり、両端を縫って筒状にしてあります。(注:なぜ筒状なのか、宗教的・文化的意味がありそうです)
ジャワのサロンはバティッで作られます。バティッはろうけつ染めのことです。しかし、バリの一般的なサロンはバティッではなく、エンデッで作られます。繊維はレーヨンで、束にした糸を絞り染めして作ります。レーヨンは木綿より柔らかく、仕上がりも綺麗です。なので、エンデッはバリの横糸イカッ布といえます。
女性はサロンではなくカンブン・ルンバランkamben lembaran(ただ単にカンブン)をつけます。ルンバランとは1枚の葉を意味し、サルンのように筒状に縫うことはありません。カンブン・ポレンKamben polengは白黒格子のカンブンで、普通は石造に巻くものです。
カンブンは男女どちらも着てもよいですが、男性は特に宗教儀礼や重要な祭祀に着ます。女性はそのような区別なく常にカンブンを着ます。
エンデッとバティッはどちらもカンブンとして好まれますが、最近は機械プリントのバティッが好まれるようです。(注:古いものよりも古い伝統を大事にする傾向がバリ人には見られます。)ソンケッSongketは金や銀の錦織の綿布のことで、チャグチャグcag-cagという小さな機織で作られます。ソンケッはウドゥンUdung(祭礼で男性が頭にかぶる)としてよく用いられます。ウドゥンはバティッかソンケッの布で1m四方あります。 エンデッはウドゥンには使えません。柔らかくて折り目がしっかりしないからです。
伝統的布に関する重要な単語 :
エンデッENDEK : 19-20世紀には宮廷人のシンボルだったが、今日ではバリ人の国民的衣服。
ソンケッSONGKET : 階層と権威を示す金色の布
プラダPERADA : 人間・神・寺などの権威を表す布
ブバリBEBALI : 聖と俗の境界線
ポレンPOLENG : 2面性を表す黒白模様
グリンシンGERINSING: 共同体のアイデンティティを表し魔術で守る
ここまで書いていて、某サイトでインドネシアのイカッ産地の地図を見つけました。
もちろんバリ島も産地なのですが、西隣のジャワ島・東隣のロンボク島・スンバワ島が白いままなのです。
ヒンドゥとイスラムのこれまでの歴史を考えても、この分布の理由が想像できません。